−コンクール 1−
 
1998年3月 生まれて初めてコンクールなるものを見る。
わけは、こどもAが出ることになったから。
 
先生曰くハードルの高さで有名な
“東京新聞社主催全国舞踊コンクール”だから
お勉強のために『連れてってあげます』状態で
まだ今よりはだいぶ若い母親だったわたし、
『はは〜っ』てなものだった。
現場の熱気にあてられて、わりと誰でも頭に血がのぼってる。
今は予選の会場もかわってて、いろんなことが改善された
ようにもれ聞くが、当時は目黒公会堂とかいう
かなり老朽化した建物で、ほとんどの出場者が本来はホールや
廊下にビニールシートを敷いて、着替えやメイクをしていた。
バレエメイクはすごいから。
首から上だけばっちり用意して、白いとのこ塗った体は出番直前
まで衣装はお預け、レオタードに軽くはおったりしているだけの
姿は、例えは悪いがどっかのかどわかされた雑技団風。
冷静さを欠いているわりにはそんな感想を持ったりした春3月。
年少者の予選は3日くらい続き、その数400人あまり。
東京新聞のコンクールはVaの指定がないから
ありとあらゆるVaをずーーーーーっつと見る見る。
そうするとねーなまいきにも 出てきただけで(踊るまえから)
できふできが、素人ながらわかってしまうの。
しかし悲しいかなわが子のだけは、客観的な評価
母親には難しい。
バレエのお話
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