めったにないことだけど、こどもAがこのページを見て、「やっとこ入選は小5の時だよ」と言った。
数あるコンクールのなかでも、東京新聞社主催ばっかり念頭にあった母はその他を
すっかり忘れさっていた。もうしわけない。発表の瞬間涙流して大騒ぎしたくせにねー。
我ながら現金なもんだ。
全国に数あるバレエ教室の、いったい何割くらいが“コンクール”に参加しているだろう?
こどもAが小学校の高学年の頃から、年々“コンクール”そのものの数が増加して
当時在籍していた教室はいわば“コンクール”で名を馳せたところだったので
親子して“コンクール”に出場し、入選して、入賞してという夢(?)をみる=バレエ
になっていた。他人事ではなく、私自身もその中のひとりだった。
必然的に、何度挑戦しても、そこに到達できない子は大変にいごこちが悪く
その教室をやめていくことになる。どんなにバレエが好きでも、居場所がなくなっていくのだ。
精鋭主義・淘汰主義。それを批判するのは容易い。
思いあがりや勘違いでなく、「いい踊りね」という目を持てたら、コンクールの成績に一喜一憂
することもないんだろうが。おすみつきがほしい、認められたいのは確固としたものが
ないからだろうか。当時を思い出すと、懐かしいながら胸が痛む。
連続入選を果たせば、つぎは入賞へ。
入賞してもコンクールには“格”があって・・・・ま きりがない。
東京へ、北九州へ、神戸へ、名古屋へ、札幌へ、埼玉へ
どきどき、はらはらの舞台へ。
「昔、バレエをならっていたのよ」というには、壮絶、かつ、いくぶん滑稽な記憶。